《红高粱家族》译作(节选)

作者: 时间:2013-05-30

                                                                                   《红高粱家族》译作第二章

                                                                          北外日语系09级3班

高粱の酒 

 

 

高密[1]の東北郷では、高粱の酒が有名である。高粱酒の香ばしい香りは、蜂蜜のような甘い後味があり、酔っても頭の損傷にならない。高密の赤い高粱はどうやってこのような高品質の高粱酒になったのだろうか、その秘伝を母が教えてくれた。我が家の名誉にかかわるものだし、将来子孫がいったん酒造りの会社を始めると、その競争にもなるから、この秘訣は絶対漏らしてはいけないよ、と何度も母が言いつけていた。独占の優位性はなによりだ。わが故郷の職人は、すこしでも腕があれば、それを自分の娘より嫁に伝える。この慣わしは国の法律よりも厳しい。

母の話によると、わが家の酒造りは単(シャン)父子が経営していた時からもうかなりの規模をもっていた。その時の高粱酒も結構美味しかったが、今のような香りもなく、甘味の後味もなかったそうだ。独自の風味を持つようになり、数十軒の酒造屋の中から頭角を現したのは祖父が単父子を殺し、祖母が一時の困惑と恐れから立ち直り、その才能を生かして店の経営に当たってからのことだ。何気なしにやった事が、意外によい結果を出すとよく言われるだろう。うちの高粱酒の秘伝も、祖父が酒釜におしっこをしたのがきっかけだ。なぜ小便が高粱酒の味を変え、高級的な風味を出したのだろうか。それは科学だから、わたしは何も言えなく、科学者の研究に任せよう。その後、祖母と羅漢大爺(ローハンダーイェ)は更に模索し、繰り返し実験した上で、便器に付着したアルカリ性物質を高粱酒に入れる、という簡単で且つ精密な配合法を発明した。これは絶対の秘密で、当時祖父と祖母、羅漢大爺の三人しか知らなかった。配合はいつも静かな真夜中で行われていたという。祖母はまず庭で蝋燭を点し、紙銭を焚く。それから、薬瓶を出して、酒釜に薬を注ぐ。その時、祖母はいつも大げさに神秘そうなふりをして、覗く者を怖がさせる。うちの酒は神様の賜り物だと皆に思わせるためだ。こうして、わが家の高粱酒は圧倒的に優位に居座るようになった。

(译者:王玥)

 

 

 祖母が実家に帰ってからあっという間に三日間経ち、婚家に戻る日がやってきた。その三日間、祖母は食事をする気もなく、恍惚状態に落ちていた。曾祖母が食事に工夫をし、機嫌をとるようにしていたが、まったく相手にされなかった。しかし、あまり食べていないとはいえ、祖母は顔色がとても良かった。白い額に赤い頬、クマに囲まれた目は月のように光っている。曾祖母がこのような祖母を見て、「食べず飲まずして、仙人か大仏様にでもなったのか?母さん苦しいよ」とぺちゃくちゃしゃべり続けた。最後に、観音様のように静座している祖母を見ながら、白くて小粒の涙を二三滴こぼした。祖母は少し目を開き、戸惑いの視線で、高い土手から河床に伏せている黒い老魚を見つめるように曾祖母を睨んだ。

祖母が実家へ帰った次の日、曽祖父はやっと酒の酔いから醒めた。そしてまっ先に思い出したのは単廷秀(シャンテンシュウ)が大きい黒騾馬をくれると約束したことだった。その騾馬は黒いもので、目は灯火のように輝き、茶碗のように大きいひづめが地面を突き、その音が耳のそばで響いていた。

「ねえ、あんた、あの子はご飯食べないの、どうしよう。」

と曾祖母が言った。

「何を、この意地っ張りぶり、一体なにを考えてるか」

と曽祖父が酔眼で睨み返しながら返事した。

そして、むっと祖母の前に立ち、

「おめえ、どうするつもりかい。袖の振り合わせも他生の縁、夫婦の縁もそうだ。鶏に嫁入りしたら鶏に、犬に嫁入りしたら犬に従え!わしは役人じゃねえし、おめえもお嬢様なんかじゃねえ。だから、こんなにいい嫁ぎ先に恵まれるなんて、もう感謝しろ。舅さんは騾馬をくれると約束したよ、気前のいい方だ。」と言った。

祖母はじっと座っていて目を瞑った。濡れたまつげは蜂蜜でもつけられたように太く、それが交差して一本の線になり、ツバメの尾のような形をしている。曽祖父は祖母のまつげを睨みながら、

「知らん顔するな。おめえ、死んだって単家のものじゃ。戴(ダイ)家のお墓にはおめえの居場所なんてねえよ。」と怒鳴った。

祖母はぷっと吹き出した。

すると、曽祖父は祖母にびんたを食わせた。

祖母の頬は赤から青白く、そして青白の中から赤みが滲み、まるで朝日のようだった。祖母は目を輝かせ、歯を食い縛って冷笑し、曽祖父を睨みながら、

「騾馬の毛一本も期待するな!」と言い返した。

祖母はうつむいて、箸を取り、まだ湯気が出ている料理をあっという間に平らげてしまった。そして、茶碗を一つ空中にほうり投げた。茶碗がぐるぐる回り、鈍く光りながら部屋の梁を飛び越え、長年のほこりを二筋くっつけて、ゆっくりと地面に落ちた。そして、一回転がり、もう一回転がり、最後は底部を上に地面に伏せた。祖母はもう一つの茶碗をほうり投げた。茶碗は壁にぶつかり、落ち、二つに割れた。曾祖父はこの光景に驚き、開いた口が塞がらなかった。曾祖母は「この子、やっとものを食べてくれたわ!」と叫んだ。

祖母が茶碗をほうり投げた後、号泣し始めた。それは抑揚のある感情に溢れた泣き声だった。その泣き声に含まれた水分は部屋におさまりきれないほどだった。その水分は畑にまで飛び散り、晩夏に受精されたコーリャンの穂のカサカサの音と溶け合った。この慟哭は朗々と響き、それとともに祖母の思いが千々に乱れる。嫁入り輿に乗ってこの家を離れた時から、ロバに乗って里帰りの三日間までのことを何度も回想した。すべてのシーン、音、におい、何もかも祖母の頭の中で浮かんでくる。ラッパとサナイのの音が響き渡り、カチカチ~ムームーハーハー~ウリワラ~イーイーヤーヤー~ジリチャラ~と、高粱が緑から赤になるまで吹き鳴らされた。「晴れ渡った空よ雨の帳が下る/雷よ稲妻が続く/雨よ心よ麻のごとく乱れる/雨脚よ斜めになったりまっすぐになったりする…」祖母は思い出した。蛤蟆坑(ハーマカン)で強盗に出くわした時、あの嫁入り輿をかつぐ若い駕籠かきの勇ましい姿を。あの人は駕籠かきの中の大物、犬の群れのリーダーのようだ。あの人はせいぜい二十四才だろう。活気に溢れた顔には皺一つなかった。そのとき、あの人の顔は目の前にあり、貝殻のように硬い唇が自分の唇を噛み締めた。祖母は胸がいっぱいになり、血がいきなり詰まってしまい、またいきなり堤防が切れたように沸き出た。まるですべての血管を激しく打ち寄せているようだった。足の指が痙攣し、腹筋も弾んで止まらなかった。その時、この革命的行為に声援してくれたのは生気はつらつの高粱だった。飛び散った高粱の花粉は、気付かないうちに祖母と駕籠かきの頭上を覆っていた。祖母はこの青春激動の瞬間を必死に覚えようとしたが、いつも失敗していた。その記憶は瞬く間に消えてしまうのだ。そのかわり、漬け損ねた大根のようなあの男の顔はなぜかよく浮かんでくる。

(译者:兰钰珂 徐骁蓓)

  

父は拤餅(きゃービン)(小麦粉で焼き上がった円型の食べ物。中国の北の地方で主食ともされている)を完食した後、夕焼に染まった草むらを踏んで川岸の土手から降りた。水草の繁る柔らかい河原を、彼は用心に用心を重ねて足を踏み、やっと水辺に止まった。墨水河の大石橋に四台の自動車がとまっていた。一番目の車は熊手に刺されてタイヤがパンクしため、その場にじっと伏せていた。手すりにも囲い板にも、青色になった血と浅緑の脳漿がつけられている。日本兵の一人は上半身を車の手すりにかけ、ヘルメットが頭上から落ちて首にぶら下がっている。鼻から黒い血がポタポタと流れ落ち、ヘルメットを叩いていた。河の水が啜り泣いたように低く響き、高粱はスクスクと伸びている。重苦しい太陽の光は河のささいな波に切り破られた。秋の虫は陰湿な土の中で悲鳴している。第三台と第四台の車はもうすぐ燃えつき、車の黒いフレームだけが破裂した音を立て続けていた。父はこの騒々しい音と目まぐるしい色彩の中でじっと見つめている。その目に映ったのは日本兵の鼻から鉄のヘルメットに流れ落ちた血が立てたさざ波。その耳に伝わったのは石謦を打つような響きだった。父はもう14歳をすぎた。1939年旧暦八月九日の太陽はほぼ燃え尽き、夕日が天下万物を赤色に染めていた。一日の激戦を経て、父の小さな顔はいっそう痩せこけて見え、その顔には赤紫の泥がついていた。父は王文義(ワンウンィ)の妻の死体の上手にしゃがんで、手で水を掬いとって飲んだ。ベタベタになった水が指の隙間から静かに流れ落ちた。ひび割れた父の唇は水に触れた瞬間、激しい痛みが伝わってきた。血なま臭いものが歯の隙間に沿って喉に落ち、父の喉が一瞬痙攣を起こしこわばった。一連のげっぷが出た後、喉がやっと元通りになった。暖かい墨水河の水が父の喉を潤い、渇きをいやした。父は身が痛むほどの快感を体験した。血の臭いで胃腸が狂っているが、やはり飲むと飲むとやめられなかった。腹の中のかさかさの拤餅を膨らませるまで、父は一度も背伸ばずに飲んでいた。日が暮れようとした。大空の下縁に夕日が一筋染まっている。大石橋の上では、第三台と第四台の車から発した焦げくさい匂いも薄くなった。いきなりドボンと大きな音がして父はびっくりした。顔を上げると、爆発でばらばらになったタイヤが蝶のように河の上から舞い落ちていた。黒と白の混ざった東洋米も震動で舞い上がり、また板のような水面に落ちてしまった。父は身を振り返ると、川岸にうつ伏せて、その血が河を赤に染めた小柄な王文義の妻が目に入った。土手を這い登って、父は大声で叫んだ。

「オヤジ!」

祖父が硬直に土手に立っていた。ほっぺたが一日の間で急に痩せこけて、黒い皮膚の下に骨の輪郭がはっきり見えた。蒼い黄昏の中、祖父の直立した角刈りの髪が少しずつ白くなっていく。それを見た父は恐怖と苦痛に襲われ、恐る恐る祖父に近づきそっとつついた。

「オヤジ、どうしたんだ」

祖父の頬に涙が2筋流れていた。ゴロゴロと喉に重い音がした。冷(レン)支隊長のお慈悲で置いていった日本製の機関銃が狼のように祖父の足元に伏せていた。ラッパ型の銃口が大きく見開いた犬の目のようだった。

「父ちゃん、なんか話してよ。さあ、餅(ビン)を食べて。食べたら水飲んで。何も食べないと飲まないと死んぢゃうよ」

祖父は首を前へ折り頭を低く垂れた。体が頭の重さに耐え切れないように少しずつ縮んでいく。祖父は土手にしゃがみ、両手で頭を抱え、しばらく溜め息をした後、

「豆官(トウカン)!俺らこれで終わっちゃうのか!」と、いきなり頭を上げて大声で聞いた。

父はしばらく祖父を見つめた。大きく開いた目にはダイヤモンドのような瞳が見え、そこから光が放った。それは祖母が持っていた無畏奔放な反骨精神で、闇の世界の希望の光だった。その光は祖父の心を照らした。

「父ちゃん」父が言った。「心配しないで。おれ、射撃をちゃんと練習するよ。父ちゃんのように池の魚を打って練習するよ。七点梅花銃(チーデンメイファーチャン)(銃の技)ができたら、冷麻子(レンマーヅ)のバカ野郎に仕返ししてやるからな」

祖父はがばっと跳び上がり、号泣とも爆笑とも言えぬ大声を三回あげ、唇の真ん中から黒い血が一筋流れてきた。

「よく言った!お前、よく言った!」

祖父は黒い大地から祖母の手作りの拤餅を拾ってガツンと食べ始めた。黄色い歯に、餅の食べかすと血の泡がついていた。祖父は餅でむせてうむうむと叫び、餅の塊が喉をゆっくりと通っていくのを父は見ていた。

「父ちゃん、川へ降りて水を飲んだらどうだ、腹んなかの餅がほとびるから」

祖父はよろめきながら土手を降りて行き、水草の上にひざまずいて首を長々と伸ばし、ラバのように水を飲み始めた。両腕を広げて、頭と首の半分を水の中に突っ込んだ。障害物にぶつかった川の流れが鮮やかに波を打った。煙草を半服するぐらいの間、祖父は頭を水の中に入れたままだった。父はただ土手の上で銅製のヒキガエルのような祖父を見ていた。そして胸が痛んだ。祖父はフラっと濡れ尽くした頭を上げた。大きく息をしながら立ち上がって土手を上り父の前に立った。祖父の頭から水滴が落ちる。祖父は頭を振って大きさの違う49粒の水滴が真珠を撒くように周りに飛び散った。

(译者:葛立嘉 陆一菁) 

 

 

単廷秀父子を殺害した時、祖父はまだ24歳の若さだった。その頃、祖母は既に祖父と高粱畑で夫婦の交わりを結んでいた。痛みと幸せが半々の荘厳な過程の中で、祖母は賛否両論ながらも高密東北郷で一世を風靡した父を宿した。祖母はまだ単家の正式な嫁である。祖父との間は気まぐれで不確かな密通の関係に過ぎなかった。しかも、父もまだ生まれていないため、その頃のことを書く場合はやはり祖父のことを余占鰲(ユイチャンアオ)と呼んだ方が無難であろう。

その頃、祖母は絶望的な気持ちで夫の単扁郎(シャンビェンラン)が癩病患者だと余占鰲に告げた。それを聞いて、余占鰲は鋭利なナイフで高粱を二つも切り、三日後は安心して帰ってこいと祖母に言った。愛の波に呑まれたままぼやっとした祖母は、余占鰲の言外の意味を考える余裕がなかった。実はその時の余占鰲には既に殺意があった。祖母は高粱畑をくぐりぬけ、ロバを呼びつけて酔っ払った曾祖父を蹴り起こした。高粱の隙間からそれを見送っていた余占鰲の耳に曽祖父の言葉が入った。

「お前…結構長い小便だったなあ…お前の舅さんはさぁ…うちに立派な黒ラバをくれるって…」と、舌がもつれていた。

うわ言を言っている曾祖父をよそにロバに乗った祖母は、春風にでも撫でられたような生き生きした顔を道の南側の高粱畑に向けた。そこには若い輿担ぎが自分を見守っているのだ。心が千切れるほどの興奮からようやく気をとり直した祖母の目の前には、宝石のような赤い高粱で敷かれた、見たことのない新しい大通りが現れた。両側の溝に透き通った高粱の酒が流れている。道の両側にはやはり何でも知っているような赤い高粱の群れである。この現実の赤い高粱が祖母の幻想にある高粱と一体となり、どれが本物かでさえ分からなかった。祖母はこの現実と幻想、明晰と曖昧の混合した気持ちで、その場を離れた。

余占鰲は高粱に手をもたせかけ、祖母が角を曲がっていくのを見送った。そして、眠気に襲われ、よろよろと先の所に戻り、がらりと倒れていく塀のように地面に身を投げ、ぐうぐうと眠りに落ちた。日が沈む頃にやっと起きたら、高粱の茎と穂が紫色に染められていた。余占鰲は蓑を着て高粱畑を出た。高粱が風に吹かれて、かさかさと音を立てていた。寒いので蓑をぎゅっと締め、手がお腹に触れると、ものすごく腹減ったのに気付いた。三日前、あの子を乗せた嫁入り輿を担いで村に入ったとき、村はずれに三軒のあばら屋があり、確かその軒下に飲み屋の幟がかかっている。それがぼろぼろで嵐の中ではためいていた。あまりにもお腹が空いたせいか居ても立ってもいられない。余占鰲はとうとう度胸をすえ、高粱畑を出てその酒屋へ大またに向かっていった。

東北郷の「冠婚葬祭サービス会社」に雇ってもらってまだ二年にならないし、顔を見られても知る人がいないはずだ、と余占鰲は思った。村はずれの飲み屋でたらふく食って、チャンスを狙って例の事をやった後、高粱畑に逃げれば海に入った魚のように自由自在になる、そう考えながら西へ向かった。夕日に染まった雲がボタンよりも赤く見え、その縁を金色に染められ、恐ろしいほどキラキラと光っている。西へしばらく歩いたら、今度は北へ曲がって祖母の名義上の夫単扁郎が住む村に向かった。畑には人影なく静まり返っていた。その頃、ちゃんとした百姓は日が暮れると、ささっと家に帰ることにしていた。夜の高粱畑は山賊の縄張りに化するからだ。ここ数日、運に恵まれた余占鰲は襲われずに済んだ。

かまどから煙がゆらゆらと立ちのぼった。通りでは、粋な若者が天秤棒で水を担ぎ、井戸からやってきた。壷からぽたぽたと水漏りがしている。余占鰲は、ぼろぼろの幟の掛かったあばら屋に入った。中には間仕切りがなく、泥煉瓦の帳場が部屋を二つに仕切られた。奥にはオンドルとかまどと水がめ、外側には古くてがたがたの卓袱台が二つ置いてあり、そばには細い腰掛けが散らばっている。帳場の上に青色の酒甕があり、その縁に長柄の杓子が掛かっていた。オンドルでは、太った老人が一人、仰向けに寝転んでいる。余占鰲はその顔を見てびっくりした。この男は、「高麗棒子(カオリバンツ)(コリアンの野郎)」と呼ばれ、仕事は犬殺しである。いつか馬店の市で、たったの三十秒で一匹の犬を始末したのを余占鰲は覚えている。その市に犬が百匹もあるが、老人を見ると皆、毛を逆立てほえかかり、怖くて決して近寄らなかった。

(译者:李睿悦 郭铭超)

  

 

昨夜の火事が疑わしいと、村長の単五猴子(シャンウーホウツ)はよく分かっている。もともとは助けに行って、村長としての責任を果たすつもりだったが、アヘン密売者の「小白羊」という女に抱きしめられて動けなかった。小白羊は肌が白く、ふくよかな女で、いつも流し目を使って男をたぶらかしている。みずみずしい大きな目には魂を奪われるほどの魅力がある。彼女に心を引きつけられ、二組の山賊がお互い対峙するまでのこともあった。山賊仲間の隠語で言えば「巣窟奪い」ということだった。

1922年は、北洋政府の敏腕家曹夢九が高密県の県長に就任してから三年も経っておらず、三大政策を施行し、大活躍した時期だった。

曹夢九は高密県では歴史的にも有名な人物だ。その名声と功績は高密出身の晏嬰(斉国宰相)と鄭玄(東漢大学者)には及ばないが、「文化大革命」時期の高密県の幹部よりはるかにましだった。曹はよく靴底を刑具として使うことで、「曹二鞋底(ツアオアルシエティ)(靴底の次郎)」というあだ名を得た。曹は私塾に五年間通い、軍隊にも数年間入ったことがある。山賊、アヘン、賭博を乱世の源に見なす曹は、乱を治めるには山賊を消滅し、アヘンと賭博を禁ずるべきだと公言していた。曹の陰険な手段は計り知れないほどあり、やることもでたらめで、他人には全く見当がつかない。曹をめぐる零れ話があまりにも多く、高密では広く伝わり、今でも絶えることはない。曹はかなり複雑な人物で、「善」、「悪」といった言葉で簡単に評価できない。曹はわが家族にも大きな関りがあるため、後文との「つながり」として、ここでそのエピソードを挿入していく。

曹夢九の三大政策は山賊、アヘン、賭博の三悪を取り除くことで、かなりの効果を収めた。だが、東北郷は高密県から遠く、過酷が刑罰と法令があるにもかかわらず、三悪が表向きでは弱気を見せながら暗躍していた。単五猴子は小白羊を抱いて夜明けまで眠った。先に起きた小白羊が油燈を点し、アヘン玉を銀の串に差して油燈の上であぶった。ころあいを見はからって、アヘン玉をキセルに詰めて単五猴子に渡した。単五猴子は体をくの字に曲げて、一分間吸い続けた。キセルの中にあるアヘン玉が白い点となって光っている。単五猴子は二分間息を抑えた後、鼻と口から青色の薄い煙をはいた。その時、単家の小僧が慌てながらドアを叩いて事件を知らせに来た。

「村長!村長!大変だ!人が殺された!」

単五猴子は小僧の後について、単家の屋敷に入った。大勢の杜氏もついてきた。

単五猴子は血痕に沿って村の西はずれの川に来た。野次馬も多くなってきた。

「きっと川にあるんだ」と、単五猴子が言ったが、みんな黙っている。

「誰か死体を引き上げる者はいないかい?」と、単五猴子は大声で回りに聞いた。

人々は互いに顔を見合わせて誰も口を切ろうとしなかった。

川は翡翠のような緑色を呈し、さざ波一つ立っていなかった。いくつかの白い睡蓮が静かに咲いている。水面上に広がった蓮の葉に露がたまっており、それがまろやかで真珠のようだった。

「銀貨一枚あげるから、誰かやる?」

周りの人たちは依然として黙っている。

川からなまくさい臭気が漂ってくる。ほとりの水草に紫の血だまりがたまっており、高粱畑の背後からの日光に映えて、ひどく汚ならしく見えた。朝日が高粱畑から昇ってきた。形は高粱貯蔵用の囲いのように、上は広く下は狭い。色は火に溶かしてぐちゃぐちゃになりかけた鉄塊のように、上は白く下は緑色だった。線状の黒雲が一筋、地平線相当の高粱平線に沿って遠くへ延びていく。信じられぬほど規則的だった。川の水が金色に輝き、その光の中に立っている白い睡蓮がこの世のものとは思えぬほど美しい。

「やる者はいないかい、銀貨一枚だぞ!」と単五猴子は大声で叫んだ。

――村の94歳の老婆が私に言った。

「そんなこと、やる者いるもんか。だって川には癩病の血だらけ。一人入ったら一人、二人入ったら二人、入ったら感染するわ。いくら高くてもやる人いないよ……みんなお前のばあちゃんとじいちゃんのせいだ!」

老婆は責任を祖父と祖母に押し付けた。不快に思うが、94歳の老人の陶器のような禿頭を見て、私は一笑に付すしかなかった。

「誰もやらねぇか?誰もできねぇなら、単家父子をそのまま水に涼ませてやろう!老劉、劉羅漢、おめぇ単家の番頭だから、県に行って曹二鞋底に知らせて行け!」

劉羅漢大爺は大急ぎにご飯を食べた後、酒甕から汲んだ杓子半分の酒を、ごくりと飲みほした。彼は黒い騾馬を引き出して、麻袋をその背中に縛り付け、騾馬の首にしがみついて這い上がった。彼は県城を目指して西へ向かった。

その朝、羅漢大爺はけわしい顔をしていた。それは怒りか恨みかもわからなかった。旦那と若旦那が二人とも殺害されたことを最初に気づいたのは彼だった。彼は夜の火事がどうも怪しいと思うので、朝確かめに行った。そこに着いたら西庭の門が開けっ放しになっていた。変だと思って庭に入ったら、血のたまりがあった。部屋に入ったらもっとたくさんの血があった。あまりの刺激で彼は呆然とした。そして、呆然としながら、殺人と放火は芝居だということがわかった。

羅漢大爺と杜氏達は若旦那が癩病患者であることを知っているので、あまりこの庭に入りたくなかった。どうしても用がある場合、まず酒を口に含んで体に吹きかける。高粱酒は千種類のウィルスを消すことができると羅漢大爺は言っていた。単扁郎が嫁取りのとき、村人は誰も手伝いに来なかったが、祖母が嫁入り輿から降りる時、手伝ってくれたのは羅漢大爺ともう一人の年老いた杜氏だった。羅漢大爺は祖母の腕をとりながら、三寸ほどの纏足とレンコンのように肉付きのいい手首を横目で見て、しきりにため息をついた。単家の父子が殺害されたことに羅漢大爺は強く驚いたが、頭の中で絶えず浮かんできたのは例の足と手首だけだった。あの血を見て、悲しむべきかそれとも歓呼すべきかよく分からなかった。

羅漢大爺は騾馬の尻を何度も叩いた。ラバに翼をつけたいほどやきやきしていた。本番はこれからだと彼は知っていた。明日の昼前に、あの花のように美しい新妻が帰って来る。単家の莫大な財産は誰の手に落ちるか、曹県長の言いなり次第だろう。曹夢九は高密の最高役人になって3年、「曹青天(水戸黄門のような地方官)」と呼ばれている。事件の裁きは正確で、行動は迅速、公明正大で、私情をさしはさまず、人の命を奪っても瞬きひとつしない、という噂だ。羅漢大爺はまた騾馬の尻を叩いた。

騾馬は西に向かって県城への田舎道を疾走している。尻をきらきらと光らせて、体がぐいぐいと前へ進む。前脚が曲がると後脚が伸びて地を蹴り、後脚が曲がると、前脚が伸びる。このように繰り返して、四つのひづめが太鼓をたたくように地面を打つ。あまりにもリズミカルなので、かえって乱雑な感じがする。きらめく蹄鉄の下で土ぼこりが咲き乱れた花のように見える。太陽が南東の方にきた時、羅漢大爺は膠済鉄道(膠県と済南を結ぶ線路)に到着した。騾馬は線路を渡ろうとしない。羅漢大爺は騾馬から飛び降りて必死に引っ張ったが、騾馬は強情にあとへさがる。結局、羅漢大爺は負けてしまい、座って喘ぎ喘ぎしながら方法を考えてみた。2本の線路は太陽に照らされてまぶしく輝いている。羅漢大爺は上着を脱いで騾馬の目を覆い、その場で何回もぐるぐる回らせて、やっと線路を渡った。

県城の北門に、黒服を着た二人の警官が漢陽兵器工場製の歩兵銃を地面に立てて歩哨に立っている。その日は高密の大市の日である。人々は手押し車をおし、天秤棒で荷を担ぎ、驢馬に乗り、或いは徒歩で続々と城門を通っていく。黒服の警官は仕事なんかそっちのけで、目をくるくるさせながら見目よい女ばかり見ている。

(译者:范立颖 韩诺 李余鑫)

 

 

祖母は騾馬を降りようとした時、村長の単五猴子に呼び止められた。

「若奥さん、降りなくていい。県長さんがお呼びですよ。」

銃を持った二人の兵隊が左右に分かれて騾馬の後ろにつき、村の西はずれの川へ祖母を護送した。曽祖父はふくらぎの筋肉がつって動けなくなった。兵士の一人が銃の台尻で曽祖父の背中に一発食わせると、つった筋肉が元に戻って、ぶるぶる震えながら騾馬の後について行った。

祖母は川のほとりの小さな木に、黒い子馬が一頭つないであるのを見かけた。鮮やかな鞍具、馬の額に房飾りがあり、赤色だった。馬から二、三丈(1丈は約3メール)の向こうに、四角なテーブルが置かれており、その上に茶道具が置いてある。テーブルのそばに一人の男が座っている。有名な曹県長だということを祖母は知らなかった。テーブルのそばに男が一人立っている。県長の腹心、有能な捕り手・顔様で、つまり顔洛古(イエンルオクー)だった。そのことも祖母は知らなかった。テーブルの前に、村じゅうの人々が立っている。みんな寒くてかなわぬように人ごみの中へ中へと押し合いへし合いをしている。二十数人の兵隊が人ごみの周囲に立っていた。

羅漢大爺がテーブルの前に立っており、全身びしょぬれになっていた。

単父子の死体が子馬に近い柳の下に置かれた戸板の上に並んでいる。死体はもう腐ったにおいがして、板の縁から黄色い濁った水を流している。数十羽のカラスが柳の木の上で飛び交う。樹冠は沸き立つスープ鍋のようだった。

羅漢大爺はその時はじめて祖母の顔をはっきりと見た。ふくよかな顔、切れ長の目に三日月眉、色白の細い首、髪は後ろに大きく束ねており、中々分量の多いものだ。騾馬が机の前に止まった。騾馬の上に乗っている祖母の姿と言えば、ぴんとした背筋、張っている胸、容姿秀麗そのものだった。謹厳な曹県長の目が祖母の顔と胸に集中している。それを見て、ある考えが羅漢大爺の脳裏を掠めた。「旦那と若旦那はこの女に殺されたのだ!姦夫と共謀して放火し、騒ぎに乗じて単父子を殺したに違いない。邪魔な大根を抜いてしまえば、畑は広くなる。これからはこの女の思いのままだ……」

羅漢大爺は騾馬の上の祖母をちらと見て、いまの考えを疑うようになった。だいたい人を殺すような者はいくら隠してもその悪相を隠せないものだ。しかし、この女が..祖母は美しい蝋人形のように騾馬に居座っている。纏足の足を挑発するように上にあげ、もの静かで穏やかな表情に悲しいものがある。その顔は菩薩に似なくても菩薩に勝る。祖母の沈着な態度が騾馬のそばで震えている曽祖父の慌てぶりとは対比になっていた、若さと老い、明るさと暗さの対比で、なおさら祖母を際立たせた。

(译者:苏淼)

 

 

父は祖父に起こされた。土手の上を松明の竜がくねくねと飛んできた。松明の下から度胸づけの掛け声が聞こえた。祖父は「豆官、村の衆が来たんだ」としくしく泣いた。平気で人を殺す祖父なのに、なぜこのえんえんと続く松明の群れに心打たれたのか、父には分からなかった。

村の老若男女数百人が集まってきた。松明を持たぬ者は鶴嘴、シャベル、棒を手にしている。父の親友は一番前に立っており、高粱の茎でできた松明をかかげている。その松明は、先端にぼろ綿を縛り付け、大豆油をしませたものである。

「余司令、勝ったんだね」

「余司令、村の者たちがご馳走いっぱい作って、みなさんの帰りを待ってるよ」

蛇行する川と浩々たる高粱は松明に映えて輝いている。祖父はその神聖な松明に向かってひざまずき、「みんな、すべて俺のせいだ、万死に値する!冷麻子のわなにはめられて、みんな戦死したんだ」と泣き崩した。

松明が寄り集まった。煙がもくもくと上がって、炎が不安そうに躍動している。燃えている大豆油はジュージューと変な音をしながら赤い線を描いて地面に落ちてしまった。地面に落ちた火の粉はその場で燃え続けたため、人々の足元に熱い花が咲いた。高粱畑から狐の鳴き声がした。川には魚が光のほう集まって鳴き声をしている。みんな黙っていた。炎がめらめらする中、低く大きい音が遠くの高粱畑から伝わってきたような気がした。

真っ黒な顔、白いひげ、左右の目の大きさが違う老人が手にした松明を隣の者に渡した。その老人は腰をかがめて祖父の腕を抱え、「余司令、立て、立て、立て」と声を掛けた。

「余司令、立て、立て、立て」とみんなが一斉に叫んだ。

祖父はゆっくりと立ち上がった。腕の筋肉に老人の手の温もりがあり、とても暖かかった。「みんな、橋のとこに行って見よう」と祖父は言った。

祖父と父が先頭に立って松明の行列がその後に続いた。明かりに照らされて、河床と高粱畑が朦朧から鮮明に見え、次第に橋の近くの戦場も見えてきた。旧暦八月九日夜の月が血のように赤く悲しく光って、その周りには緑色の雲が守っている。大橋が見えるようになった。壊れた自動車の影が不気味にゆらゆらしている。死体の横たわった戦場は血生臭いにおいがしており、こげた臭さも混ざっている。また、遠くへ広がる高粱畑からの香りと延々と流れていく川の匂いも混ざっている。

……

祖父もやって来た。祖母の遺体は数十の松明に囲まれている。松明の火で燃えついた高粱の葉が音を立てていて、高粱畑に火花が飛び交う。高粱の穂が見るに堪えないほど苦しんでいた。

「運んでいこう」と祖父は言った。

若い女たちは祖母の遺体を囲んだ。先頭には松明、左右にも松明があり、それに映えて高粱畑は仙界のように見え、人々の周りには異様な光が閃いていた。

祖母の遺体が土手の上に運ばれ、遺体の列と並んで、一番西の方に置かれた。

「余司令、こんなに多くの棺おけを集められないな」と、黒い顔に白鬚の老人が祖父に言った。

祖父はしばらく黙った後、「家へ運ぶのをやめよう。棺おけもいらん。高粱畑に埋葬する。後日、立ち直ることができたら、あらためて盛大な葬儀をやろう」と言った。

老人はそうだねと頷き、村から松明をとってくるようと周りの人に言いつけ、今夜、埋葬することになった。「ついでに、家畜を引いてこい。あの自動車を引いて帰るから」と祖父が言った。

村人たちは松明の光のもとで、夜中まで作業し、墓穴を完成した。祖父はまた村人に高粱の茎を切ってもらって、墓穴に敷いた。遺体を安置しておくと、その上にまた茎を被せた。そして、墓に土を盛った。

最後に埋葬したのは祖母だった。祖母の身体は再び高粱によってを包まれた。父の目の前で、祖母の顔が高粱に被られた。父は胸が痛んだ。心には新しい傷がつけられ、この大きな傷口が長い人生の中でずっと癒されなかった。最初に土をすくい入れたのは祖父だった。まばらで大粒の黒土が高粱の茎に落ち、ポンと音を立てて跳ねた後、スースーと高粱の隙間に落ちていった。爆弾が爆発した後に、破片が静かな空気を破ったような音だった。父の胸がギュッと締め付けられ、その傷口から血が飛び散った。父は二本の鋭い前歯で薄い唇を噛んだ。

祖母の墓も完成した。高粱畑に50余りの尖った墓が並んでいる。先の老人は村人たちに、「さあ、跪こう」と言った。

村じゅうの人々が新しくできた墓の前に跪き、一瞬泣き声があたりに響き渡った。松明が消えそうになった。大きな流れ星が南の空から高粱の穂先に落ちてくるまでずっと輝かしく光っていた。

松明が替えられた。すでに夜明けの時分になっていた。霧が立ち込める河床に白い光が見えるようになった。夜中につれてきた馬、騾馬、驢馬、牛が高粱の茎や穂をがりがりと噛み砕いていた。

……

朝の光がほのぼのと明るくなった頃に、村人も疲れてきた。両岸の火の勢いが次第に弱くなり、真っ暗な空は炎の映えないところにいきいきとした藍色をみせていた。祖父は男たちに米を満載した自動車のフェンダーにロープをかけさせ、そこに家畜をつながせた。そして、男たちは家畜を追い立てた。家畜が力むと、ロープがぴんと張り、車軸がギーギーと音を出し、自動車は鈍いカブト虫のように動き出した。しかし、前輪が曲がったので、自動車はきちんと進むことができない。そして、祖父は家畜を止めさせ、運転台に入り、運転手のまねをしてハンドルを握った。家畜がまた力む、ロープがぴんと張る。祖父はハンドルを握りながら、運転なんてたいしたことないと思った。このように、車はまっすぐ前へ進み、村人たちは恐る恐るその後に付いていった。祖父は片手でハンドルを握り、片手で自動車の中をいじってみた。あるスイッチに触れたようで、パタッと音がして、二筋の白い光りがさっと差した。

「目を開いちゃった!」後ろに誰かが叫んだ。

灯りで前の道が遠くまで照らされ、家畜の背中のむくげまではっきり見えるほどだった。祖父は興奮しながらボタンやノブを順番にいじくってみた。いきなり甲高い音がして、クラクションが鳴った。家畜は驚いてしまい、耳を細く立てて必死に逃げようとした。「お前、音まで出せるのかよ」と祖父は思いながら、悪ふざけをするかのようにつぎつぎいじりまくった。すると、車はごうごうと鳴り響き、まるで狂ったように前へ走ってしまい、家畜ははねられたり、引きずられて倒れたりして、祖父も驚きのあまり、冷や汗をかきながらどうしたらいいか分からなくなった。

村人たちも呆気にとられてしまった。自動車に引きずられて、家畜があちこちに転がっていく。自動車は数十メートル走って、西側のどぶに頭を突っ込み、荒っぽい息をしながら止まった。片側の車輪が宙ぶらりんになって、風車のように回っていた。祖父はガラスを破って這い出た。顔も手も血だらけだった。

祖父はぼんやりとその化け物を見ながら、いきなり哀しげに笑い出した。

村人たちは自動車から米をおろして運び去った。祖父は火縄銃で車の燃料タンクに一発撃ち、松明を投げた。火が高く燃え上がった。

(译者:徐仕佳 呉密 冯佳祺)

 

 

余占鳌はぱっと自分が失礼なことをしてしまったことに気づいた。彼は気持ちを落ち着け、荷物を背に西側の作業場に入った。庭では、酒がめが群れとなり、高粱が山積していた。湯気が立ち上っている作業場では、杜氏たちがバタバタと働いていた。余占鳌は掛け小屋に入り、高い脚立に立って石臼の上の漏斗に高粱を入れている杜氏に、「番頭はどこかね。」と聞いた。

杜氏は横目で彼を睨んだ。高粱を入れ終えると脚立から降りて、片手でちりとりを持ち、片手で先の脚立を臼の傍から離した。そして、騾馬に声をかけると、黒い布に目を覆われた騾馬は臼をぐるぐると走り回った。臼の周囲の地面は溝になっていた。ごろごろと大きな音を立てて、上下二枚の臼の間から、砕けた高粱の粉が雨のようにポロポロと木製の溝に落ちた。「番頭は店におるや。」と、杜氏は入り口の西側にある間口三間の部屋のほうへ、口を尖らせて合図した。

余占鳌は荷物を手に提げ、裏口からその部屋に入った。顔見知りの羅漢大爺は帳場で算盤を弾きながら、青磁の徳利の中の酒を一口啜った。

「番頭さん、人手要るかね。」と余占鳌が聞いた。

羅漢大爺は余占鳌をチラッと見て、しばらく考えてから、「長期間それとも臨時かね?」と聞いた。

「それは店の都合次第だなあ。勿論俺ができるだけ長く働きたいよ。」

「十日ぐらいなら、わしが決めてもいいんや、長くいると、女将さんに許しがないとだめだ。」

「じゃ、聞いてきてくれ。」

余占鳌は帳場外側の腰掛に座った。羅漢大爺は帳場の仕切り板を下ろし、裏口から出ていったが、また戻ってきて、大きい茶碗に酒を半分ほど盛り、帳場台の上に置いた。「まあ、これで渇きをいやしてくれ。」と言って再び出ていった。

余占鳌は酒を飲みながら、その女の計算に感服した。「おい、女将さん呼んでる。」と羅漢大爺が戻った。

西庭に着いたら、羅漢大爺は「ここでちょっと待ってくれ。」と言った。

祖母は部屋から出た。偉そうに気取ってあれこれと余占鳌に質問した。「作業場に連れていっていい。まず一月やってもおう。給料は明日から計算するわ。」と祖母は手を振って言った。

こうして、余占鳌はわが家の杜氏となった。彼は体が丈夫で腕が器用なので、仕事をうまく適任した。羅漢大爺は祖母の前で余占鳌のことをよく褒めた。一ヵ月後、羅漢大爺は彼を帳場に呼びつけ、「女将さんはお前のことをとても気に入ったよ。ずっと働いてもらうことにした。はい、女将さんからのご褒美。」と一つの風呂敷包みが渡された。それを開けると、中には新しい布靴が入っていた。

「番頭さん、女将さんにありがとうってなあ。」

「うん。頑張ってなあ。」

「頑張るや。」

あっという間に半ヶ月が過ぎ、余(ユイ)占(シャン)鰲(アオ)はだんだんいらいらしてきた。女将(おかみ)は東庭の仕事場を毎日一回りしているが、羅(ロ)漢(ハン)大(ダ)爺(イェ)にあれこれと訊ねるだけで、汗まみれの杜氏(とうじ)たちとあまり話しかけないため、余占鰲はひどく不満を感じた。

単(シャン)父子が酒の商売を経営していたころ、杜氏たちの食事は村にあるいくつかの小さな飯屋に請け負わせていた。祖母が家業を引き継いだあと、大(ダ)老(ラウ)劉(リュウ)婆(ポ)子(ツ)と呼ばれる五十歳すぎの女と、恋(レン)児(ア)という十三、四歳の小娘を雇いいれた。二人は西庭に住み込んで、全員の食事を作っている。また、もともと飼っていた二頭の大きな犬のほか、祖母は黒、緑、赤三頭のやや小さな犬を買ってきた。こうして西庭には三人の女と五頭の犬、賑わって独自の世界を作り上げた。夜になると、少しでも物音がしたら、五頭の犬が一斉に吠え出す。犬に噛み殺されなくても、その吠え声に肝を潰すだろう。

余占鰲が働き始めてから二ヶ月あまり過ぎ、すでに九月が訪れ、見渡す限りの高粱は間もなく収穫の季節を迎える。祖母は羅漢大爺に臨時雇いを呼んできてもらい、高粱の買付けのため、籾の干し場と貯蔵用の露天囲いを片付けさせた。空が晴れ渡ったうららかな日に、真っ白な絹の上着に赤い絹の靴をはいた祖母は、緑の皮を剥いだ指の太さくらいある柳の笞(むち)を手に、犬の群れを連れて、干し場をぶらつく。村の人たちは面白がって目交ぜしたりするが、でたらめをいう者など一人いなかった。余占鰲は何回も祖母に近づこうとしたが、祖母は厳しい顔つきをして、ろくに口もきかなかった。

あの夜、余占鰲はいつもよりお酒を何杯か多めに飲んだ。酔っぱらい気味で、大部屋のオンドルに横になっていたが、なかなか眠りにつかなかった。月の光が、東側の二つの窓からさしこんでくる。灯火の下に、二人の杜氏が破れた服をつくろっていた。

板(バン)胡(コ)[2]が得意な老(ラオ)杜(ト)の、咽び泣くような胡弓の音が人の心を乱す。こんな時には決まって事が起こるものだ――板胡の哀れげな音に惹かれて、つくろい物をしていた杜氏の一人がかすれた声で歌いだした。「独身男、辛くてたまんねえよ、服がぼろぼろになってもつくろってくれる人もなし…」。その歌声を聞いて、もう一人の杜氏がふざけた。

「女将さんにつくろってもらえば?」

「女将さん?ありゃ白鳥の肉よ、どこのガマ男に食われるやら」

「旦那と若旦那はその白鳥の肉を口にしたくて、命まで亡くちまったんや」

「ほら、まだ娘のころから強盗の花(フォア)脖(ボ)子(ツ)[3]とできてたんだって」

「だとしたら、旦那と若旦那は本当に花脖子の奴に殺されたのかい」

「こら、その話はやめろ、『壁に耳あり』だぞ」

オンドルに横たわっている余占鰲はいきなりにやっと笑った。すると、杜氏の一人が聞いた。

「おい、てめえ、何笑ってんの」

酒の勢いに乗って、余占鰲はつい口を滑らした。

「俺が殺したんだ!」

「酔っ払ってんじゃねえ!」

「はあ、何言うの?お前こそ酔っ払ってんだ!この俺が殺したんだぞ!」

彼は起き上がって、壁に吊るしてある小さな風呂敷から短刀を取り出し、その鞘を外した。刀身は月の光を浴びて銀色の魚のように輝いていた。

「いいか……俺は女将と……とっくに寝たぜ……高粱畑でな……その夜は火を放って……この短刀で刺して……また刺して……」

と余占鰲が回らぬ舌で言っていると、皆しいんと黙り込んだ。一人の杜氏がフっと灯りを吹き消し、部屋中が暗くなった。かすんだ暗闇の中、あの白く光っている短刀だけがいっそう目立つようになった。

「寝ろ寝ろ!明日は早くから仕事だぞ!」

……

日が高く昇った時、余占鳌はやっと目が覚めた。二日酔いのため、ふわふわした足取りで酒の作り場に入った。みんなの目つきがどうも怪しくてしようがないから、だんだん昨夜ひっぱたかれた記憶をぼんやり思い出した。首とお尻を触ってみたら、痛くは感じない。ただ喉が渇いている。彼は鉄の杓子をとり、酒流しから熱い酒を半分ほどうけ、一気に飲み干した。

板胡好きな老杜は、「お前、おっかさんに叩かれても、塀とよじ登るのかい?」

杜氏たちはこの陰気な若者をなんとなく怖がっていたが、昨夜彼の情けない叫び声を聞いてからは、怖がるどころか、彼を気違いと見てあれこれとからかうようになった。余占鳌は言い返しもせず、丁稚の一人を摑まえて殴り始めた。周りの人が互いに目配せしてどっと襲いかかり、余占鳌を地面に押し倒して気が済むまで殴ったり蹴ったりした後、彼のベルトを解いて、頭をズボンの襠(まち)に押し込み、後ろ手に縛り上げて地面に押し倒した。すっかり負け犬になった余占鳌は頭がズボンの襠の中で必死にあがいて、体がボールのようにごろごろ転がりまわっている。しばらくして、老杜はそれを見ていられず、彼の手を放して、頭をズボンの襠から出してあげた。余占鳌は青ざめた顔で薪の山の上で仰向けになり、まるで死んだ蛇のようだった。しばらくしてやっと気をとりもどした。周りの人は彼の仕返しを備えるため、なんらかの武器になりそうなものを手にした。しかし、余占鳌はただよろよろと酒甕に向かって、鉄の杓子で酒を思い切って飲みはじめた。飲み終わると、また薪の山に這い上がってぐうぐう眠ってしまった。

それから、余占鳌は毎日飲みつぶして、薪の山を寝台にしていた。澄み切った青い目を細めていて、口元には左右別々の笑みを浮かげている。左は愚鈍で、右はずる賢く。或いは右が愚鈍で、左がずる賢く見えた。作業場の杜氏たちは始めのうち、彼のことを面白がって見ていたが、だんだん文句を言うようになった。羅漢大爺は仕事をさせようとすると、余占鳌は睨み返しながらこう言った。

「てめえ、なんなんだよ!旦那はこの俺だぞ!女将さんの腹の子は俺の子だぜ!」

その頃、父は祖母の腹の中でゴム鞠ほどの大きさになっていた。朝、祖母がつわりで西庭で吐いている声が、東庭の作業場まで聞こえる。わけを知る年配の杜氏たちはひそひそと噂していた。ある日、大老劉婆子が食事を届けに来た時、杜氏の一人が訊ねてみた。

「ねえ、女将さんはおめでたじゃねえよね?」

大老劉婆子は白目で睨みながら言った。

「その舌を切ってやる!」

「若旦那、単扁郎もやるじゃねえか!」

「いや、単扁郎のお父さん、旦那のかもしれんよ」

「もう!あてずっぽうはやめよう!あの激しい気性じゃ、単父子に肌を許すもんか!絶対花脖子の子よ!」

その時、余占鳌は薪の山から飛び上がって有頂天になって叫んだ。

「それは俺の子だぜ!俺の!俺のよ!」

みんなは彼の様子を見て、ただ彼をからかい、バカにしていた。

羅漢大爺はもう何度も余占鳌をクビにするよう提言したが、祖母はいつも「そのままにしといて、後で私が始末するから」と言っている。

この日、祖母は大きくなったお腹を突き出して、羅漢大爺と話をしに作業場へやってきた。

羅漢大爺は頭を下に向いたまま、さりげなく言った。

「女将さん、そろそろ高粱の買い入れにかからなければ」

「干し場とか、囲いとかは、もう出来てるね?」と、祖母は聞いた。

「はい」と、羅漢大爺は答えた。

(译者:孔鑫梓 莫倩雯 翟梦琪)

 

曾祖父は祖母に家から追い出されて驢馬を引いて家に帰った。帰り道でずっと罵っていた。家に帰ると、祖母が曹県長と義理の父娘の縁を結んだこと、実の父親をないがしろにしたことをだらだらと曾祖母に話した。曾祖母も怒りが収まらなかった。二人はまるで木の上の蝉を争う老いぼれた蟾蜍のように腹が立っていた。少し時間が立って、曾祖母はこう言った。「あんた、怒らなくてもいい。大風が連日に吹くわけがなく、親戚もずっとわだかまりが残るわけがない。二三日立ったら、もう一回行けばいい。あの子は今莫大な富を相続したから、指の隙間からこぼれるぐらいものをくれれば十分に暮らせる。」「そうだね、半月ぐらい立てばもう一回あの餓鬼めのところに行く。」と曾祖父は言った。

半月立って、曾祖父が驢馬に乗って我が家の前に来た。祖母はドアをしっかり閉めきって曾祖父の怒鳴りを気にしなかった。曾祖父は疲れたため、驢馬に乗って帰った。

……

県長の妙策に従って、小顔と二十人の兵士は、夜中に県城を出て、高密東北郷へ駆けつけた。時はもう十月という深秋の季節、畑の高粱がすっかり刈上げられ、高粱がらは高く積み上げられ、いくつかの山となった。騎馬隊が村の西はずれに着いた時、既に明け方の頃だった。野草が生気を失い、朝露が霜となり、冷え冷えとした秋の空気が肌をさした。兵士は馬から降りて、小顔の指示を待っている。小顔は馬を高粱がらの山の下まで引いて行かせ、手綱で結び付けるように命じ、二人の兵士に見張らせた。その他の兵士は急いで着替え、戦闘を構えた。

日が昇った。黒い大地が白々と明るくなって、日差しに覆われた。人の睫や眉に、馬の口元に生えた長毛には、ふんわりとした霜がついた。馬は高粱の葉を叩いてがさがさと音がした。

「行くぞ!」と懐中時計を見て小顔は言った。

十八人の兵士が彼の後ろに付き、こっそりと村に忍び入った。全員タマの入った拳銃を構えている。村の入り口に二名、路地の入り口に二名、次の路地にまた二名、兵士を配置した。我が家の前についた時には、小顔と村民に装った六人の兵士しかいなかった。やや大柄の兵士が空っぽの酒籠を2つ担いでいる。

大老劉婆子が門を開けると、小顔が目配せをして大柄の兵士は部屋へ入り込んだ。「何者だ?」と大老劉婆子は怒って聞いた。

酒籠を2つ担いでいる兵士はこう言った。「旦那に会わせろ。前日ここから仕入れた二籠の酒をみんなで飲んだ後、十人が毒に当たって死んだぞ。いったい何を入れたんだ?」

小顔とほかの兵士たちもどさくさに紛れて部屋に入り、隅で待ち伏せた。犬たちが狂ったように酒籠を担いでいる兵士を囲んで吠えている。

祖母が寝ぼけまなこでボタンをしめながら出てきた。「用があるなら、帳場で言いなさい」と怒鳴った。

「お宅の酒に毒が入っているぞ。そのせいで仲間が十人死んだ。旦那に会わせないと話がすまんぞ。」と大柄の兵士。

「なんてバカなことを。うちの酒はなあ、全国どこでも販売している。飲んで死んだなんて1人もいないよ。あんたのところだけが、おかしいじゃないか」

大柄の兵士が祖母、五匹の犬と揉めている間に、小顔は合図をして、五人の兵士と部屋に突入した。大柄の兵士は酒籠を捨て、腰から拳銃を抜き出し、祖母に突きつけた。

祖父は服を着ているところだった。小顔たちは祖父をオンドルに押し倒し、後ろ手に縛りつけて庭に連れて行った。

犬たちは祖父を助けようとした。小顔たちは銃を連射した。その乱射で犬たちは毛と血をあたり一面に飛び散らして倒れていく。

大老劉婆子はへたり込んでしまい、小便をもらしてしまった。

「ねえ、お互い敵でもないからさ。金のことなら言えばいいのに。何も武力を揮うまでのことはないじゃないか。」と祖母は言った。

「うるさい!連れて行け!」と小顔。

祖母は小顔を見て、何かを思い出したように言った「あんた、お義父(とう)さまの部下じゃない?」

小顔「やかましいなあ!自分のことだけ心配しろ!」

銃声が耳に入り、羅漢大爺は帳場から西庭へ駆けつけようとしたが、足を外に踏み出したとたん、一発の弾丸が耳を掠めて飛んでいった。それに怯えて羅漢大爺は首を引っ込めた。通りは静まり返って誰もいない。村中の犬が狂ったように吠えている。小顔と兵士たちは祖父をひったてて通りへ出た。馬の番をしていた二人の兵士も、村はずれと路地の入り口で待ち伏せていた兵士も皆戻ってきて、各自の馬に上がった。祖父は俯くさまに紫色の馬の背に縛りつけられた。小顔が合図すると馬が走りだし、県城のほうへ向かった。

騎馬隊が県庁の前で止まり、兵士たちは祖父を馬から降ろした。曹県長が八字髭を弄りながら、にこにこして出てきた。「花脖子、かつてお前は三発で本官の帽子を撃ち落としたなあ。今日はお礼で靴底三百でお返しをする」

ごつごつした馬の背骨がずっと体にあたったせいで、祖父は既に五体分離のような感じで、目眩がする上、激しく吐いていた。馬から降ろされた時は半ば死んだようになっていた。

「打て!」と小顔が言った。

数人の兵士に蹴っ飛ばされて、祖父はうつぶせになった。兵士は棍棒の先に結わえた特製の大靴底を持ち上げ、ぼこぼこ殴りつづけた。あまりにも痛くて、始めのうち我慢していた祖父はやがて悲鳴をあげた。

「花脖子、靴底の感じはどうだい?」と曹夢九が聞いた。

「違う、違うんだ!俺は花脖子じゃない」祖父は大声で叫んだ。

「まだ詭弁するのか。もう三百回打て!」と曹県長が怒鳴った。

兵士たちはまた祖父を押し倒し、靴底が激しい雨のように降ってきた。祖父の尻は既に感覚を失っていた。床から頭をもたげて大声で叫んだ。「曹夢九、何がご明察の曹県長だ、愚かなくそ野郎!花脖子の首に白い斑(まだら)がある。見ろ!俺の首に何もないじゃないか」

祖父の話を聞いてはっとした曹夢九は手を振って兵士にやめらせた。二人の兵士が祖父を抱え上げ、曹県長は近寄って祖父の首を見た。

「何でそいつの首に斑があるってわかったのか?」

「この目で見たのよ」

「そいつと知り合いだね、お前も山賊だ、きっと。本官は間違ってなんかいない!」

「東北郷で彼のことを知っている人は数千万人いる。だったらみんな山賊だって言うのか。」

「お前、夜中に寡婦のオンドルなんかに寝ておるとは、山賊じゃなくてもごろつきだ。本官は間違ってなんかいない!」

「それは県長の義理の娘から許しを得たから。」

「許しを得たと?」

「そうよ!」

「お前は何者だ?」

「あの家の杜氏さ!」

「なに!」曹夢九は言った。「小顔、とにかく牢屋に入れておけ!」

そのとき、祖母と羅漢大爺はそれぞれ騾馬に乗って県庁まで駆けつけた。羅漢大爺は騾馬を引いて門外で待ち、祖母は号泣しながら中へ入った。歩哨が銃を横にして祖母を止めようとしたが、つばを吐かれた。「県長の義理の娘だぞ」羅漢大爺にそう言われて、歩哨はすぐさまびくびくするようになり、祖母を通らせた。

その日の午後、県長は厚い暖簾をつけた二輪馬車を頼んで、下の者に祖父を村まで送らせた。

2ヶ月の間、祖父は祖母の家のオンドルで腹ばって治療を受けていた。

祖母はその後また騾馬に乗って、県城の義母に厚い贈り物の包みを届けに行った。

(译者:赵岩 昌昊)

 

一九二三年師走の二十三日、かまど神を祭る日。花脖子は祖母を拉致した。昼前に祖母が拉致され、昼過ぎには伝言が来た。身代金に銀貨を千元用意しろ、金が惜しければ李箇荘の東はずれにある地蔵堂の前で死体を受け取りに来い、というのだ。

祖父は箱やたんすをひっくり返して家じゅうの銀貨を二千元かき集め、それを小麦粉入れ用の袋に入れ、羅漢大爺に騾馬で連絡場所へ運んでもらった。

「千元じゃなかったの?」羅漢大爺は聞いた。

「うるせえ、送ってくれればいいのだ」

羅漢大爺は騾馬を引いて出かけた。

夕方、羅漢大爺は帰ってきた。祖母を騾馬に乗せて帰ってきた。銃背負った二人の山賊が馬に乗って祖母を家まで護送した。

山賊は祖父を見るとこう言った。「旦那さん!これからドアを開けっ放しにして寝てもいいって、うちの兄貴がおっしゃたぞ!」

祖父は羅漢大爺に、例のアルカリ物質を混ぜた焼酎を準備させ、山賊に渡した。「これ、兄貴にどうぞ。」

祖父は二人の匪賊の手を握りしめたまま、村はずれまで送った。

家に戻ると、祖父は表の門と母屋の戸それから部屋の戸を閉めきって、祖母と抱き合った。

「花脖子に無礼なことをされなかったよなあ?」

祖母は頭を振ったが、涙を流した。

「まさか?乱暴されたのかい?」

祖母は顔を祖父の胸に埋めた。

「…あいつに…おっぱい触られた…」

「うちの子、大丈夫だったか?」怒った祖父は立ちながら言った。

祖母は軽く頷いた。

一九二四年の春、祖父は一匹の騾馬を引いて、こっそり青島へ行き、拳銃を二丁と弾丸を五千発買ってきた。拳銃のうち、一丁はドイツ製の「大腰鼓」(腰につけて撥で打つ太鼓)というもので、もう一丁はスペイン製の「大鵞頭」(ガチョウの頭)というものだった。

銃を買ってきてから、祖父は三日間も部屋に閉じ籠っていた。二丁の銃をずたずたに解体してはまた組み立てた。春、川の氷が解けて、冬中ずっと氷の下に閉じ込められた痩せていた魚は、今ぼんやりと日向ぼっこをしている。祖父は拳銃を提げて、弾丸を入れたバスケットを肩にかけ、川の岸を巡りながら魚を打った。大きな魚がなくなったら小さな魚を、春になってから祖父はずっと魚を打っていた。見物人がいる時、祖父はわざと的をはずし、魚のうろこにも触れずにしていたが、一人の場合は銃を打つと魚の頭が砕けるのだった。夏になり、高粱は伸びてきた。祖父は鉄やすりで、拳銃の照星を全部けずりとった。

七月七日の夜、激しい雨が降り、稲妻が走って雷がとどろいていた。祖母はもうすぐ満四カ月になる父を恋児にあずけ、自分が祖父の後について東庭の酒売り場へ行って、戸や窓を閉め、羅漢大爺に明りをつけさせた。祖母は帳場台の上に七枚の銅貨を梅の形に並べて、傍へ退いた。帳場台の外で鷹揚に歩いていた祖父はいきなり振り向き、二丁の拳銃を腰から抜き出し、両腕を交互に突き出して、パパ、パパ、パパパと撃ち続けた。七発の銃声がした。帳場台に並べていた銅貨は壁にふっ飛び、三枚が弾んで地面に落ちたが、四枚が壁の中に嵌った。

祖母は祖父と一緒に帳場台の前に来た。明りを照らして見ると、木の帳場台には傷一つなかった。

これはつまり祖父が苦労して練習していた「七点梅花銃(チーデンメイファチアン)(七発のつるべ撃ち)」というものだった。

(译者:刘美含 李丹)

 十一

祖父と父は貧乏の家へ戻って、壁の中から銀貨を五十元取り出して、こじきの格好をして県城へ潜り込んだ。駅の近くで赤提灯が下げている小さな店を見つけ、厚化粧の女から銃弾を五百発買った。その後は数日ずっともぐっていて、チャンスを見つけて城門から逃げ出し、冷麻子とけりをつけようとした。

祖父と父は子ヤギを連れて村の西はずれの高粱畑にたどり着いた。子ヤギは尻を塞がれて今にも死にそうだった。その日は旧暦の1939年8月15日の午後、墨水河橋の奇襲から六日目の昼過ぎだった。日本軍400余人と傀儡軍600余人がわが村をぎっしりと包囲した。祖父と父は早速ヤギの肛門をひきあけ、ヤギは約一キロ排泄した後、数百発の銃弾を体の外に出した。親子二人は排泄物の汚さもかまうことなく銃弾を拳銃にいれ、高粱畑の中で敵と壮烈な戦いを繰り広げた。日本軍十人、傀儡軍十数人を射殺したが、結局多勢に無勢、勢いを挽回することができなかった。夕方、村人たちは銃声のない村の南のほうへ逃げたが、狂ったような機銃掃射に遭った、数百人の男女が高粱畑の中で気絶し、死に掛けた人が地面で転げて高粱を多く押し倒した。

日本軍が村から撤退するとき、村じゅうの家屋に火をつけた。炎が空まで届き、いつまでも消えず、空は半分も白くみえた。その夜の月は色赤くて濃いはずだったが、戦争で青白く薄くなった。まるできれいな色が褪せた切り紙のように、孤独に空に浮かんでいた。

「父さん、私たちはどこへ行くの。」

祖父はそれに答えなった。

(译者:陈曦)


[1]山東省内陸部の中間に位置する小さな市

[2]中国の伝統的な弓の付いた弦楽器で、主に中国北部で使われる。

[3]「花」とは色が混じっている様子で、「脖子」とは首の意味である。首に掌の大きさほどの白い傷跡があるため、「花脖子」と綽名づけられた。

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